11と、ことばってとても不思議です。どうして相究しています。み出した表現が今日まで大切に読み継がれてきた、という印象があるかもしれません。しかし、古代中世の作品は、人の手で書き写されることによって伝えられており、書写段階で意図ました。物語であれば、登場人物の形容を変えたり、和歌や場面を入れ替えたり、さらには章たりもしています。すなわち、作品の伝来には手に気持ちが伝わるのか? 逆に、なぜ誤解が生まれることがあるのか? 最近ではAIが自然な会話をするようになりましたが、だからこそ「人間のことばとは何か?」という問いがあらためて重要になっています。 言語学とは、そんなことばの仕組みや使われ方を科学的に解明する学問です。発音、文法、意味、リズム、声の高さ、抑揚、人との関わりなど、ことばにまつわるあらゆる現象が研究対象になります。最近では、音声認識や翻訳アプリ、AIの会話技術にも言語学の知見が活かされており、文系と理系をつなぐ学問として注目されています。 中でも私が研究しているのは、音声学と音韻論という分野です。音声学では、人が声を出すときの舌や唇、声帯の動きを詳しく観察し、音の波形や口の動きを可視化します。最近では、モーションキャプチャーや超音波映像、AIによる自動分析など、最先端の技術を使って「ことばの動き」を科学的に調べることができるようになりました。音韻論では、言語ごとに「どんな音が意味を区別するか」や「音の並び方のルール」を探り、他の言語との比較から人間の音の感覚の共通点や違いを明らかにしていきます。不可欠の「書き写す」という行為に伴って、物語はさまざまに変容したのです。変容こそが、古代中世における物語の特質のひとつと言ってもよいでしょう。 このような特質を知ったのは、広島大学で学生として学んでいた頃のことです。私と同じような物語愛好家はいつの時代にもいたこと、さらに、読むだけでは飽き足らず、自ら筆を執り、より自分好みのものへと変えていった人も少なくなかったこと、古代中世の物語はそんな読者たちをおおらかに受け入れるものであったことを、ここ広島大学で学び、なんと豊かで奥深い世界かと驚嘆しました。 物語を書き換えるという行為には、解釈が伴います。書き換えとは、その作品を自分なりに解釈した結果として、目の前に差し出された表現に対する同意や違和感を表明する行為に他ならないからです。そして、解釈の背後には、その解釈を行った人の感性のみならず、その人が生きた社会の時代性、価値観等があります。数百年、千年もの間に生み出されたバリエーションの数々は、個性豊かに人や時代を映し出してくれているのです。物語のバリエーションを比較しつつ分析していくことは、そこに反映された人そして社会のありようを解明 ことばは、音だけでなく、顔の表情、視線、ジェスチャー、間の取り方など、さまざまな要素が組み合わさって伝わります。これらはジェンダー、対人関係、言語文化背景などによって左右されます。こうしたマルチモーダルな表現がどのように行われ、どのような印象を与えるのかを探究することで、人と人がどのように気持ちを通わせているのか、より深く理解することができます。言語学の学びは、教育や医療、テクノロジー、そして多文化共生社会の実現にもつながります。 「ことばを研究すること」は、「人と人とのつながりの本質を探ること」。自分自身の声や話し方、コミュニケーションに興味をもったあなたなら、きっとこの世界にワクワクできるはずです。文学部大学院人間社会科学研究科 准教授することに直結しているということです。さらに言えば、その解明は、現代を生きる私たちを相対化することへもつながります。古典文学は、遠い過去に生み出されたものですが、それを受容という観点から捉えていく研究は、過去そして現在の人間と社会に迫っていくものだと思っています。 なんといっても物語は面白い。さらにそこから過去・現在の人と社会を捉えていくことのできる物語研究は、抜群に面白いですよ。広島大学で、受容という窓から物語を、この世界を、一緒にのぞいてみませんか。『山路の露』の写本。中世の人が作った、『源氏物語』の続きの物語。超音波と顔カメラを使って、舌や唇の動きを可視化する。A.就活生がカメラを見ると、面接官からは、就活生が面接官の方を見ているように見えるB.就活生がスクリーン上の面接官を見ると、面接官からは、就活生が下を向いているように見える視線で面接官の印象が変わる(大学院人間社会科学研究科 進矢研究室との共同研究)。総合科学部大学院人間社会科学研究科 教授 私たちは毎日、当たり前のように「ことば」を使って生活しています。でも、よく考えてみる 私の専門は日本の古典文学です。特に、『源氏物語』をはじめとする古代中世の物語がどのように読まれてきたか、物語の受容史を研 古典文学というと、作者が心血を注いで生的に書き換えてしまうことも少なからずあり段や巻といった大がかりな単位で新たに加え特集山根 典 子●専門研究分野/言語学、音声学、音韻論小川 陽子●専門研究分野/日本古典文学(平安文学)Researchers広大声と動きから見える言語の世界人と社会を、古典文学の受容から捉える。3
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