広島大学で何が学べるか2025
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13総合科学部大学院人間社会科学研究科 特定教授在、科学・医学・工学の分野で研究開発が飛躍的に加速しています。そして、研究開発の成果は社会にさまざまな形で恩恵をもたらすと期待されています。その一方で、研究成果が悪用されてしまうのではないかという懸念や不安も根強くあり、どの分野においても、いかに研究開発を進めるか、またその成果をいかに社会に還元していくかが課題となっています。私は、倫理学の専門的知見を活かし、そうした課題に取り組んでいます。 2012年9月、当時、京都大学の大学院生だった私は、イギリスのオックスフォード大学に応用倫理学の研究をするため留学しました。その直後、京都大学の山中伸弥先生が専門研究分野倫理学、応用倫理学ヒトiPS細胞ヒト始原生殖細胞ヒト胎児卵巣体細胞ノーベル医学・生理学賞を受賞することが決まったという嬉しい知らせが飛び込んできました。皮膚など成熟した細胞に数個の遺伝子を入れるだけで、「iPS細胞」と呼ばれる、体を構成するすべての細胞になれる細胞を作製したことが評価されたのです。しかし同じ時期に別のグループが、マウスのiPS細胞から卵子を作製し、その卵子を用いて子孫を作ることに成功したと発表しました。そうした成果を踏まえ山中先生も、iPS細胞研究が利用法によっては倫理的な課題を伴うという認識を持たれていました。こうした状況下で私は、留学先の恩師の勧めもあり、iPS細胞研究の倫理的課題に関して研究を始めたのです。帰国後、研究開発の現場である京都大学iPS細胞研究所に倫理の専門家として着任し、広島大学に移る2022年まで、京都大学でiPS細胞など最先端の生命科学研究が提起する倫理的課題に取り組みました。 私が身を置く分野は、「倫理的・法的・社会的課題(Ethical, Legal, and Social Issues: 以下ELSI)」や「責任ある研究とイノベーション(Responsible Research and Innovation: 以下RRI)とも呼ばれます。ELSIとは、研究を進めたり、その成果を利用したりする際に生じうる課題に対応しようというもの。それに対してRRIとは、私たちがどういう未来に生きたいか、またこの社会でどういう価値を大事にしたいかという未来像や社会像から逆算し、研究開発を進めていくというもの。RRIにはELSIの要素が含まれます。近年、日本を含めどの国もELSIやRRIの重要性を認識し、そうした研究に力を注いでいます。私も現在、特定の技術が引き起こす課題を網羅的に洗い出し、考察するというELSIの研究に加え、RRIの考え方に根ざした、多様な利害関係者(市民)との「未来の共創(より良い社会の創造)」を目指しています。 こうしたELSI/RRIの分野では、科学者・医学者・工学者が最先端で開発する研究を理解する力、そうした多様な研究者とともに文理の垣根や国境を越えて国際的・学際的に協働する力、研究者と社会をつなぐ力などが求められます。多様な市民を巻き込んだ形で未来を共創するというのは容易ではありません。実際に、これまで世界的にさまざまな取組みがなされてきたものの、未だ成功事例がありません。広島大学で私は、ELSI/RRIの分野で国内トップクラスの研究環境を整備し、日々、研究・実践に取り組んでいます。倫理学や応用倫理学を学びたいという方はもちろん、ELSI/RRIの取組みに関心のあるという方も、この社会に生きたいと思えるような未来(より良い社会)をともに創りませんか。2024年5月、京都大学の研究グループは、ヒトのiPS細胞から卵子のもとになる卵原細胞などを大量に作り出す方法を開発したと発表。2021年に発刊した自著『命をどこまで操作してよいか 応用倫理学講義』で紹介した方法(上図)では、できる細胞の数が少ないことが課題だったが、それを克服する研究成果だ。このように生命科学技術は日々進化を続けており、アカデミアと社会をつなぐ生命倫理学に求められる役割はますます大きくなる。〈背景写真〉「脳を作る(!?)最先端の脳科学(高校生向け対話イベント)」(2023年9月23日開催)における高校生との対話研究井戸端トーク#8(番外編)「脳を作る、脳を考える:脳オルガノイド研究の未来」における多様な市民との対話SDGs17の目標のうち、「目標4(質の高い教育をみんなに)」、「目標16(平和と公正をすべての人に)」に優先的に取り組み、SDGs全目標に貢献するという姿勢をイメージしたデザインです。ネットワーク型研究拠点広島大学FE※・SDGsネットワーク拠点Network for Education and Research on Peace and Sustainability〈NERPSロゴ〉混ぜて培養ヒト卵原細胞SAWAI TSUTOMU広島大学FE・SDGsネットワーク拠点(NERPS)は、本学に限った組織ではなく、広く世界に開かれたネットワーク拠点であり、次の3つの特徴を持つ教育研究拠点になることを目指しています。1 国際通用性のある研究力に裏づけられた平和、地球環境、SDGsに関係する研究拠点2 人文社会科学の研究者も参加する問題解決型教育研究拠点3 個人、NGOs、企業、政府、国際機関など多様なアクターがグローバルに連携する教育研究拠点※FE:future earth(フューチャーアース)の略。地球環境研究に関わる科学者の国際的なネットワークです。澤井 努現倫理学の専門家として、より良い社会をともに創る。

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