●●●●●●●●●●●●●●09附置研究所原爆放射線医科学研究所ゲノム科学などの最先端の基礎研究から、再生医療など高度な臨床展開に至るまで「放射線の人体影響」の総合的な研究を推進しています。被爆者の医療を半世紀にわたって行う一方、放射線災害・医科学領域の研究拠点として、全国の研究者・医師と活発な共同研究を進めています。にっとうはっけ化財である「モノ」は、如実にその時代を語ることがあります。インドネシアでは、イスラーム化以前、文献によると、5世紀頃よりインドからヒンドゥー教、後に仏教が伝わったとされますが、詳細は不明で密教に至っては認識もほとんどされていないのが現状です。私は残存するインドネシア出土の密教に属する仏像や密教法具(儀礼に用いる道具)を研究することで、海路による密教の流伝を導き出しているのです。 日本の密教系の寺院の塔の初層(一番下の層)や寺院内陣などに見られる掛軸の中に、インド僧の姿が描かれていることをご存知でしょうか。密教はインドで発生し、はるか中央アジアを横断して長安まで伝わったことが知られています。それを入唐した空海・最澄など、入唐八家※を中心とした僧が日本へ文学部大学院人間社会科学研究科 准教授持ち帰り、真言宗・天台宗として現在まで信仰されています。初層や掛軸に描かれているインド僧とは、密教が日本にもたらされるまでに関わった重要な人物。実はその中に、インドから海路を辿って長安へ渡ったと考えられる僧も含まれています。東インドの港から海流に乗り、いち早く船が辿りつく場所。そう、それがインドネシアなのです。 私の研究は、密教の痕跡をインドネシアをはじめ欧米の博物館や美術館、資料館、その収蔵庫の奥に仕舞われている像や法具の調査から始まります。日本密教で重要な大日如来(金剛界)の鋳造像はジャワ島中部地域を中心に102軀、また確実に密教法具であるこんごうしょ金剛杵20例、金剛鈴37例、他にも多くの密教関連の像や法具が見つかり、密教の存在を確認することができました。特に金剛杵・金剛鈴の両端の切っ先である鈷の開き方を「閉鈷式」「開鈷式」と名づけ、制作推定年代をそれぞれ8〜10世紀頃、10〜15世紀頃と割り出しました。日本の金剛杵・金剛鈴は「閉鈷式」であり、従って8〜10世紀頃の制作と推定できます。「開鈷式」はカンボジア、タイなどで見つかっており、10世紀こんごうれいこ※平安初期に唐に渡り、日本に密教を伝えた8人の僧。空海、最澄の他に、常暁、円行、円仁、慧運、円珍、宗叡がいる。以降の密教の流伝を推察できます。 一方、インドネシア・ジャワ島中部地域には石造の一寺院として世界最大級、ユネスコの世界文化遺産に登録されているチャンディ・ボロブドゥールがあります。この寺院は周辺の寺院群を含め、密教的要素の強さが先行研究でも指摘されています。時代も8〜9世紀頃の建立と考えられ、日本において密教が流伝し信仰される時期と重なります。 このように残存する作例を中心に、建造物、また碑文、経典、史書といった文献資料の考察より、9世紀頃には日本とインドネシアの両地域において、同系の密教が信仰されていた可能性が高いことが導き出されます。また、同様の現地調査研究を、当時の寄港地を辿って行えば、未解明の東南アジアの密教美術の様相を明らかにし、美術史の一端に書き加えることが可能となります。ぜひ私と一緒に、インドネシアと周辺の地域の調査に出かけ、歴史の解明に挑戦してみませんか。死後ではなく今生で仏、つまり覚りを開いた存在となる「即身成仏」を目指すのが密教の教え。伊藤准教授は「仏になるということは、皆で支え合い、大切に生を全うすることだと理解している。私が密教に非常に惹かれるのは、この“より良く生きよ”と説いているところ」と語る。〈背景写真〉チャンディ・ボロブドゥールの回廊に施されたレリーフの一つ「降魔成道(ごうまじょうどう)」。菩提樹下で覚りを開く釈迦(中央)の邪魔をしようとして、魔(マーラ)から種々の攻撃を受ける様子を描いている。金剛杵「閉鈷式」:ジャカルタ国立博物館所蔵。中部ジャワ出土。幅13.8㎝金剛杵「開鈷式」:ロッテルダム博物館所蔵。東部ジャワ出土。幅18.0㎝チャンディ・ボロブドゥール:「チャンディ」は宗教建築を意味するインドネシア語。石造の一寺院として世界最大級。1990年にユネスコ世界文化遺産に登録された。建造物を俯瞰すると、密教の教えや世界観を表す「マンダラ」と似た構成であることが指摘されている。大日如来像(金剛界):ソノブドヨ博物館所蔵。ジャワ島中部地域出土。像高7.7㎝、銀製。10世紀頃のものか。ナノデバイス研究所高等教育研究開発センター情報メディア教育研究センター自然科学研究支援開発センター森戸国際高等教育学院保健管理センター平和センター環境安全センター総合博物館北京研究センター宇宙科学センター外国語教育研究センター文書館スポーツセンター学内共同教育研究施設ITOU NAOKO専門研究分野インドネシア宗教美術史伊藤 奈保子第一線の研究を支える、 インドネシア美術から日本密教の流伝を探る。文
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